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育児まっただ中のSE(システムエンジニア)であるパスコーが経験したIT・子育ての現実を生々しくお届けするブログ。ヘルメットレビューにも注力中

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周期性発熱症候群(PFAPA)という難病の我が子と共に行きていく。ワーキングファザーの働き方を見つめる。

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周期性発熱症候群 PFAPAについて

現在38歳、国内製造メーカー勤務、外販SEとして勤務するパスコーです。妻とともに子供3人の育児まっただ中。

3番目の子(次女:3歳)が0歳の時に、3度の緊急入院の末にPFAPA(周期性発熱症候群)という難病が発覚し、夫婦で話し合った結果、妻が退職するという決断をしました。

それから3年、妻の仕事復帰を考えられるようになってきました。とは言え、次女の難病が治ったわけではないので家族の強力があってこその復帰。

PFAPAに限らず何らかの事情で退職された女性・男性が復帰を検討する際のお役に立てばと思い、どのように復帰するか試行錯誤のプロセスを書いてみることにしました。

 PFAPA:周期性発熱症候群という病について

まずはPFAPA(医者によってはピーファファと発する)がどのようなものであるかですが、日本語訳の周期性発熱症候群という名称が理解しやすいため、この名称を分解して概要をお伝えします。

  • 周期性 : 周期的にやってくる
  • 発熱  : 熱発する
  • 症候群 : いくつかの難病の群体

 

PFAPAという名称は、Periodic fever(周期性発熱)、aphthous stomatitis(アフタ性口内炎)、pharyngitis(咽頭炎)、cervical adenitis(頸部リンパ節炎)の主症状から命名されたそうです。

残念ながら原因が分かっていない病で、難病として指定されています。

 

5歳以下で発症することが多く、3週間~8週間程度の周期で5日間ほど40度を超える発熱が続きます。その後、平熱へ戻ります。

実績ベースでは、我が家の次女は3週間から4週間周期で5日間、40度を超える発熱があります。

当初、周期性発熱症候群ということはわからなかったので、0歳で家から出てもいない次女がなぜ高熱がを出すのかわからず、かかりつけ医で抗生剤や解熱剤をもらっていましたが不安を抱えたまま、耐えることしかできませんでした。

謎の高熱、熱性痙攣。それがPFAPAだと判明するまで

何度目の発熱だったかは覚えていませんが、周期性発熱症候群による発熱期間中、夜20時ごろに熱性痙攣を起こし、救急へ連絡したところ救急車を呼んでくださいとの指示をもらい、救急搬送されました。

結果、特に異常がなく、ひとまず落ち着いた状況にほっと一息ついて帰宅した数時間後の深夜、2度目の熱性痙攣を起こし、救急病院に緊急入院することになってしまうことがあった。

 

翌日以降、全身の検査を実施しても異常はなく、1週間ほどで帰宅することができましたが、その後も発熱が続き、血液検査でCRPという炎症反応値が非常に高い値(確か14ぐらい)を示し、入院することを繰り返しました。

原因がわからないまま入退院が繰り返される中で、私達夫婦も流石に何か変だと感じてインターネットや医療書、論文を調べていました。

 

入院期間中、長女・長男が寂しさで眠れない夜もあった。

0歳や1歳児の入院は、親が24時間付き添うことが条件になります。まだ母乳を必要としている時期でしたので、妻が付き添って入院することになりました。

入院期間中、私は休める日は有給休暇を取得し、その他の日は在宅ワークフレックスタイム制度をフル活用して長女・長男のこども園への送り迎えや食事・お風呂・寝かしつけなどの育児を行いました。

入院期間が何日になるか分からず、全て休んだり家事対応することが難しかったので両親や義母に力を借りて過ごしました。

 

仕事はもちろんフルパワーで引き受けても迷惑をかけてしまうのでセーブしていましたが、それでも納得のいく品質で仕上げることは難しかった。

夜、21時ごろに寝かしつけた後にPCで業務をして一区切りつけたら布団に入り、意識を失うように眠った途端、長女・長男が突如、布団からガバッ!!と起きて寝室から出て廊下へ走って行き、大声でお母さーんと叫んで大泣きする日が続きました。

何の根拠もないのに、大丈夫、もうすぐ帰ってくるよ、大丈夫。と自分に言い聞かせるように言いながら3人で寂しくくっついて眠る日が続いた。

 

土日や、私が休みを取得した日には面会時間は私が病院で付添を行い、その間に妻が家へお風呂に入ったり長女・長男と買い物に行ったりご飯を食べに行って愛情を注いでくれました。

夜になり、私と交代の時間になると長女・長男は顔をぐしゃぐしゃにして泣くのを堪えながら病院の待合室で私を出迎えてくれました。

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病院の駐車場を出る頃には、我慢できなくなり泣いていて、車の窓を開けて病室に向かって大きな声でお母さん!お母さん!と叫びながら泣いていたのを見て私も大いに泣したが、子供には見せまいと涙を拭い、強い気持ちで今を乗り切らねばと奮い立たせていました。

また夜になると長女・長男は寂しくて泣く。私も終わりが見えず辛いし、眠れぬ日々が続いた。精神的にも肉体的にも厳しい状況だった。

 

1週間~2週間の入院の後、検査結果異常なしとなり、退院して自宅に帰ってくると、長女や長男は非常に喜んだ。最高に楽しいと喜んでくれて私も笑顔になった。よく頑張ってくれたね、とたくさん褒めた。

しかし、検査結果が異常なしだからといって謎の発熱が治癒したわけではなく、いつまた発熱と熱性痙攣で緊急入院がやってくるか分からなかった。

その不安を忘れてしまいたい弱い気持ちさえもエネルギーにかえて、夜になると妻と2人、PCで医療論文を漁る日が続いた。

 

ある夜、妻が次女の症状と非常に似ている論文を見つけた。それがPFAPA:周期性発熱症候群だった。

翌日すぐ、診てもらっていた主治医に周期性発熱症候群ではないかと思うと相談したところ、恐らくそうだという診断がくだされた。子供の微々たる変化や症状を観察し、記録していた妻だからこそ見つけられたのだと思う。母は偉大だと心から思った。

私も少しでも早く治してあげたいと思い、寝る間を惜しんで必死に調べてはいたが見つけられなかった。

周期性発熱症候群との付き合いが始まって3年

こうして周期性発熱症候群(という診断が付く以前も含む)との付き合いが始まったのが3年ほど前のことです。

周期性発熱症候群による40度以上の発熱が5日間も続く0歳の次女は、平熱に戻ったとしても発熱により体力は奪われ、身体もげっそり痩せてしまい、体重も思うように増えなかった。

 

ようやく回復したかな、と思えるまでに1週間~10日かかった。つまり、発熱5日+回復に10日必要になっていたことになる。

周期性発熱症候群の発熱は4週間に1度ほどの頻度でしたので、28日中、15日が発熱とフラフラ状態だったのです。

周期性発熱症候群は、大きく成長するにつれて発熱する間隔が長くなっていき、7歳~10歳程度で治癒すると言われています。(治癒するのか気づかない程度の発作になるのかは不明)

 

育児休業中で、復帰する予定だった妻ではありますが、7歳か10歳まで周期性発熱症候群と付き合っていかねばならぬことを考えた時、正社員で時短もしくはフルコミットでワーキングマザーをするのは難しいと判断して退職する決断をした。

職場では実績があり、評価も高かったため所属先の人事部から丸3年まで特別休暇として待つという申し出をいただき、心から感謝した。ありがたく受けたかった気持ちだったけれど、3年後の復帰の目処が一切立たない状況だったため辞退し退職を選ぶしかなかった。

妻も3年という長い時間ではあるものの、1ヶ月、また1ヶ月迫りくる復帰の日を常に意識しながら病気と向き合うのは辛いかもしれないと言っていたため、キャリアは中断することになるが経済面は私が絶対担保するということを伝え、退職を決断するに至った。

 

3年経過して、妻の仕事復帰を考えられるようになった

あれから3年。発熱期間は、長いと数ヶ月空くこともありますが今も3~8週間の周期でPFAPAによる発熱を繰り返しています。

この記事を書いている本日2019.12.18も平日水曜日ですが熱発のため私は午後に有給休暇を取得し家で次女を見守っています。(今は布団で眠っている)

 

原因は不明であるものの、周期性発熱症候群という病名と、対処法や症状の軽減策(次女はタガメットを毎朝晩、服用)が判明しているため入院することはなくなった。

日々、夫婦で強力しながら周期性発熱症候群と付き合っていくことができるようになった。発熱期間さえ避けることができれば、沖縄への旅行も行けたし、今年はキャンプデビューもできた。

 

フルタイムでワーキングマザー復帰は難しいものの、妻は自分の脳力を使って少しでも社会貢献をしたいと希望しており、週に1度ではありますが、水曜日に難病関連の医療団体で仕事復帰を果たした。

次女は熱さえなければ元気に過ごしているので、水曜日は一時保育にお願いしている。長男とは異なるこども園でお世話になっているため、2人を送っていると妻が働くことができない。

また、長女は遠方の私立小学校に通っているし、夕方には駅へ迎えに行く必要がある。(最近は、予め言っておけば自分で帰ってこれるようになった)

どのタイミングで、次女が発熱しお迎え要請が来るか分からないし、私も妻も職場にいるとすぐに電話に出ることができないシーンもある。

 

そういった状況から、私は水曜日は在宅テレワークをすると決めた。上司へも事情を話し、水曜日は在宅で許可を得た。

水曜日は顧客企業への訪問や、顔を合わせての打合せは難しいけれど、ITツール(Teamsなどのチャットツール、クラウドストレージなど)を活用したり、前後の日程でフォローするなどしている。

相手になるべく迷惑のかからないよう創意工夫することで生産性を高めるよう努めています。

 

この生活を始めてから、水曜日に限らず自分の頭の中にあるものは、上司やプロジェクトメンバーがいつでも確認できるところへアウトプットしておく習慣が身についた。

いつ休まなければならなか分からないワーキングマザーと全く同じ状況だと私は思っている。

水曜日に、私がオフィスや顧客企業先に居なくても、いつもの場所(フォルダーやTeamsのチャネル)を見ると私の思考や今後のタスクが明記されており進捗を確認することもできる。

他のメンバーへの気づきや共有事項もそこへ全て書くことを常に実施しているので家に居ても困ることはなくなった。

 

私が言うのはおかしな話だが、専門分野は異なるけれど妻は私より能力が高いと思っている。妻の能力を専業主婦としておいておき、社会へ活かすことができないのは社会損失だと心から思っている。

今は週に1度だが、4月からは週2にしたいと言っていたので、もちろんOKと言った。私は更に働き方をレベルアップさせ、妻の自己実現を後押ししたい。僅かではあるけれど、3年前に退職を決意してくれた感謝の気持ちとして私ができることはしたいと考えている。

試行錯誤の日々はこれからも続くけれど、少しずつ次女の周期性発熱症候群が良くなっていくことを何より願っています。

 

周期性発熱症候群について経験したことについて、同様の境遇の方どなたかのお役に立つのであれば今後も発信していきたいと思います。

 

では、また次の記事で!

 

 

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